ネパール
全域6
この地域のどこでも使える手がかり


地域の絞り込み5
場所がわかったあと、その中のどの地域かを絞る手がかり
地形・地名


植生

お茶のプランテーションは東部に多い。東部の町Dharan(धरान)よりさらに東に多いと思われる。
コーヒーの栽培は中部の地域に多いらしい。
都市・町の絞り込み1
地域までわかったあと、どの都市・町かを特定する手がかり
Namche Bazaar
Himalayas登山の拠点である Namche Bazaar(नाम्चे बजार)にストリートビューがある。お店で登山用グッズを売っていて、現在地点の高さが看板に書いてある。周りの人たちも登山用のバッグを背負っている。


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地域
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基本情報
基礎データ
出典:外務省(2026-09時点)数字で見る
グラフに触れると各年の値が見られますあゆみ
Himalayasの王国から連邦共和制へ- 紀元前5世紀ごろブッダが生まれる
南部のLumbiniは仏教の開祖ブッダ(釈迦)の生誕地とされる
- 1769ゴルカ朝がネパールを統一
プリトビ・ナラヤン・シャハ王による統一が現在のネパールの原型
- 19世紀イギリスと戦う
植民地にはならず独立を保った。ネパールの兵士は「グルカ兵」として世界に知られる
- 1953Everest初登頂
ヒラリーとシェルパのテンジンが世界最高峰の頂に立つ
- 1956日本と国交樹立
- 2006内戦が終結
10年に及んだ武装闘争を経て包括的和平合意
- 2008王制廃止、連邦民主共和制へ
約240年続いた王制が終わる
- 現在Himalayas観光と海外就労の国
山岳観光が外貨を稼ぎ、多くの若者が海外で働く。日本で暮らすネパール人も30万人を超えた
どんな地域か
ネパールはインドと中国(チベット)に挟まれたHimalayasの内陸国。北の国境沿いにはEverestをはじめ8,000m級の高峰が連なる一方、南部のTerai平野は標高100m前後の亜熱帯で、狭い国土の中の標高差は世界でも群を抜く。142のカースト・民族集団と120を超える言語を抱える多民族国家で、国民の約8割がヒンドゥー教徒。ブッダの生誕地Lumbiniを持つ仏教の聖地でもあり、Kathmandu盆地にはヒンドゥー教と仏教の寺院が入り交じって建つ。時差が日本から3時間15分という15分刻みの標準時も、この国のユニークさを物語る。
19世紀にイギリスと戦って植民地化を免れ、長く王国として続いたが、内戦を経て2008年に連邦民主共和制へ移行した。経済は農業が中心で、Everest街道などの山岳観光と、海外へ出た労働者からの送金が貴重な外貨収入になっている。日本との縁は深く、在日ネパール人は30万人を超えて、日本の街のインド料理店の多くを実はネパール出身者が支えている。
日本との関係
在日ネパール人は30万人を超える出典
- 外務省「ネパール基礎データ」 mofa.go.jp
- World Bank Open Data(SP.POP.TOTL / NY.GDP.MKTP.CD) data.worldbank.org





