公用語はダリー語(دری)やパシュトー語(پښتو)。
アフガニスタン
言語パシュトゥー語・ペルシア語
通行方向右側通行
ドメイン.af
基本情報
基礎データ
出典:外務省(基礎データは2021年5月時点)数字で見る
グラフに触れると各年の値が見られますあゆみ
帝国のはざまで揺れ続けた内陸国- 1880イギリスの保護領に
南下するロシアとイギリスがせめぎ合う「グレート・ゲーム」の緩衝地帯となる
- 1919独立を達成
第三次アフガン戦争を経て、イギリスから外交権を取り戻す
- 1930日本と修好条約に署名
- 1973王制から共和制へ
- 1979ソ連が軍事介入
10年におよぶ戦争の末に1989年撤退。その後も内戦が続いた
- 1996タリバーンが政権を樹立
2001年、米同時多発テロ後の米英などの軍事行動で崩壊
- 2002復興支援国際会議を東京で開催
日本は以後も復興・人道支援を続けてきた
- 2021タリバーンが再び実権を掌握
駐留米軍の撤収に伴いKabulを制圧し、「暫定政権」の樹立を発表した
どんな地域か
アフガニスタンはHindu Kush山脈が国土の中央を走る内陸国。古くから中央アジア・南アジア・中東を結ぶ交易路の十字路で、Bamyanの石窟寺院など、さまざまな文明が行き交った痕跡が残る。パシュトゥン人・タジク人・ハザラ人・ウズベク人など多くの民族が暮らし、公用語もダリー語とパシュトー語の2つある。
19世紀にはロシアとイギリスの勢力争いの舞台となり、20世紀後半からはソ連の軍事介入、内戦、タリバーン政権、米国などの軍事行動と、40年以上にわたって戦乱と政変が続いてきた。2021年8月以降はタリバーン「暫定政権」による事実上の統治が続いている。経済は農業が中心で、乾燥した谷あいでつくられる干しぶどうなどのドライフルーツが代表的な輸出品になっている。
日本との関係
1930年の修好条約に始まり、2001年以降は復興支援を継続出典
- 外務省「アフガニスタン基礎データ」 mofa.go.jp
- 外務省 海外安全ホームページ「アフガニスタン」 anzen.mofa.go.jp
- World Bank Open Data(SP.POP.TOTL / NY.GDP.MKTP.CD) data.worldbank.org
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