スリランカ
全域6
この地域のどこでも使える手がかり
標識のポールは白黒のストライプのものが多い。
地域の絞り込み4
場所がわかったあと、その中のどの地域かを絞る手がかり
言語

農業
田んぼは北中部(Anuradhapura・Polonnaruwa)や東の Ampara、南の Hambantota に多く、南西には少ない。ただし全域にあるので参考程度。

ココヤシの木自体は全域にまばらにあるが、商業的な生産は中央西部の Kurunegala を中心とした西の海岸寄りに多い(ココナッツ・トライアングル)。

お茶の畑は中央山地の南部から南西端にかけて多い。ゴムも似た分布だが、山の高い所には無く南西の低地に多い。

この分類・場所の手がかりはまだありません。
地域
地図の区分にカーソルを合わせると名前が出ます地図の区分にカーソルを合わせると名前が出ます
基本情報
基礎データ
出典:外務省・JETRO(2026-09時点)数字で見る
グラフに触れると各年の値が見られますあゆみ
「光り輝く島」の2500年- 紀元前5世紀ごろシンハラ人が島に定住
仏教が早くから伝わり、Anuradhapuraなどの古代都市が栄えた
- 1505ポルトガル人が到来
以後、オランダ、イギリスへと支配者が移り変わる
- 1802イギリス領セイロンに
高地に紅茶園が開かれ、「セイロンティー」の産地として知られるようになる
- 1948セイロンとして独立
イギリス連邦内の自治領として独立を果たす
- 1951サンフランシスコ講和会議
ジャヤワルダナ代表が対日賠償請求権の放棄を表明する演説を行った
- 1972国名をスリランカに
共和制へ移行。シンハラ語で「光り輝く島」を意味する
- 1983内戦(〜2009年)
シンハラ人とタミル人の対立を背景に、四半世紀を超える内戦が続いた
- 2022経済危機
対外債務の支払い一時停止を発表。立て直しを進めている
どんな地域か
スリランカはインド洋に浮かぶ、北海道より少し小さい島国。かつてはセイロンと呼ばれ、いまの国名はシンハラ語で「光り輝く島」を意味する。多数派で仏教徒の多いシンハラ人と、ヒンドゥー教徒の多いタミル人、イスラム教徒のスリランカ・ムーア人などが暮らす多民族国家で、公用語もシンハラ語とタミル語のふたつ。紀元前から仏教が根づいた島で、古都Kandyの仏歯寺や巨大な岩の上の宮殿跡Sigiriyaなど、世界遺産の遺跡が数多く残る。
イギリス植民地時代に開かれた高地の紅茶園は、いまも「セイロンティー」としてこの国の代名詞であり続けている。経済は紅茶などの農業と繊維業、観光業が柱。1983年から四半世紀を超えて続いた内戦、2022年の経済危機と苦難が続いたが、回復へ向けた歩みを進めている。日本との関係では、1951年のサンフランシスコ講和会議でジャヤワルダナ代表(のちの大統領)が対日賠償請求権の放棄を表明した演説が有名で、これが両国の友好の原点として語り継がれている。
日本との関係
講和会議の演説が友好の原点出典
- JETRO「スリランカ 基礎的経済指標」 jetro.go.jp
- 外務省「スリランカ基礎データ」 mofa.go.jp
- World Bank Open Data(SP.POP.TOTL / NY.GDP.MKTP.CD) data.worldbank.org




