Andaman諸島

手がかり 5更新 2024-07-22

基本情報 ▾

言語ヒンディー語・ベンガル語・英語
通行方向左側通行
ドメイン.in

全域5

この地域のどこでも使える手がかり

植物・農業★★★

低い山しかない場所で、道端にヤシの木が生えている。最も標高が高いのは 700m ほどある Saddle Peak だが、周りに道はない。

実例12345出典Saddle Peak
Port Blair roundabout
Port Blair roundabout
Olive Witch / All Rights Reserved
家・建物★★★

直近のデータは無いものの、一人当たり GDP はインドの中でかなり高く、GoaやKerala周辺と同じように二階や三階建ての家が多い。

実例12出典第3章 インドの概要・概況
植物・農業★★★

熱帯モンスーン気候の地域で、郊外では背の高いヤシの木が見つかる。

注意インド本土の雨が多い地域(Assam・Kerala・Goa)にも生えている。
実例123

基本情報

面積
8,249km²
連邦直轄領全体。数百の島からなる※1
人口
380,581人
2011年国勢調査※2
時差
−3.5時間
日本の正午が現地午前8時半

基礎データ

出典:インド国勢調査・Wikipedia(2026-09時点)
地位
インドの連邦直轄領「Andaman・Nicobar諸島」を構成する島々※1
主都
Port Blair。2024年に「Sri Vijaya Puram」に改称された※1
言語
ベンガル語・ヒンディー語・タミル語など、本土から移り住んだ人々の言語が中心※2
通貨
インド・ルピー(INR)
主要産業
ココヤシ・ビンロウなどの農業と漁業。近年は観光業が伸びる※1
先住民
ジャラワやセンチネルなどの先住民族が暮らし、北センチネル島は立ち入りが禁止されている※1

宗教(2011年国勢調査)※2

ヒンドゥー教
69.4%
キリスト教
21.3%
イスラム教
8.5%

あゆみ

流刑地の島から観光と保護の島へ
  1. 数万年前先住民族が住み着く

    Andamanの先住民は世界でも最も古い集団のひとつとされる

  2. 1789イギリスが入植を試みる
  3. 1858流刑地となる

    インド大反乱ののち政治犯の流刑地に。1906年完成のセルラー刑務所が独立運動の記憶を伝える

  4. 1947インド独立とともにインド領に
  5. 1956連邦直轄領となる
  6. 2004Sumatra沖地震の津波で被災

    連邦直轄領の南部、特にNicobar諸島で被害が大きかった

  7. 現在観光と自然保護の島へ

どんな地域か

Andaman諸島はベンガル湾の東側に南北に連なる島々で、南のNicobar諸島とあわせてインドの連邦直轄領をなす。インド本土から1,000km以上離れており、地図で見ればむしろミャンマーやインドネシアに近い。住民の多くは、イギリス統治時代の流刑地の歴史や独立後の移住政策で本土から渡ってきた人々とその子孫で、ベンガル語やヒンディー語、タミル語が飛び交う。一方で数万年前からこの島々で暮らしてきた先住民族もおり、ジャラワの人々の居住区や、外部との接触を拒み続ける北センチネル島への立ち入りは厳しく制限されている。

経済はココヤシやビンロウなどの農業と漁業が中心で、近年はPort Blair周辺やHavelock島(Swaraj Dweep)のビーチを目当てにした観光業が伸びている。セルラー刑務所などの史跡には、本土からの観光客も多く訪れる。

出典

  1. Wikipedia「Andaman・Nicobar諸島」 ja.wikipedia.org
  2. インド国勢調査(2011年) censusindia.gov.in

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