カンボジア
全域7
この地域のどこでも使える手がかり
農村部は高床式住居が多い。熱帯モンスーン気候で高温多湿なので、昼は暑さ対策に、夜は牛や水牛の休む場所になる。
仏教徒が多く、仏教に関係する建築物が多い。
カンボジアで知名度の高い企業のロゴが書かれたパラソルや看板が多い。通信は Beeline、清涼飲料水はコカ・コーラ、ビールは LEO・Kingdom・Angkor など。郊外では、パラソルの下で瓶入りの飲み物が売られていることが多い。
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農業
オウギヤシのような木がある。暖かい地域には似た見た目の木が広くあるが、アジアではカンボジアが特に多い。

地域の絞り込み4
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農業
田んぼはTonlé Sap湖の周りと、Phnom Penhより南〜南東の平野(Prey Vêng・Takêv など)に多い。7 番の道路より東側の北東部にはほとんど存在しない。海沿いは少ないが、Kampot 周辺にはある。

まっすぐ並んだゴムの植林地は、Mekong川の東の赤い土の地域(Kampong Cham・Tbong Khmum)と北東部の Ratanak Kiri に多い。 田んぼの多い南部やTonlé Sap湖の周りにはほとんど無い。

膝〜背丈ほどの手のひら形の葉が並ぶキャッサバ畑は、Mekong川の東の Tbong Khmum 周辺と、北西部のタイ国境に近い州。

ボラード
都市・町の絞り込み5
地域までわかったあと、どの都市・町かを特定する手がかり
Tonlé Sap(Tonlé Sap)湖の上も出ることがある。湖面にボートハウスの村があり、独特な建築が見られる。

Batdâmbâng

Kâmpôt
カンボジアの都市部ではフランス植民地時代の建築が多く見られる。重要な港町の Kampot では、旧市街に特に多くの洋風建築が残っている。
Siemréab


Krong Preah Sihanouk
Preăh Seihânŭ は輸出入の拠点で、中国からの投資により発展している。4 階建て以上の高い建物があり、石油ターミナルもある物流拠点。
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地域
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基本情報
基礎データ
出典:外務省・JETRO(2026-09時点)数字で見る
グラフに触れると各年の値が見られますあゆみ
Angkorの栄華から内戦、そして復興へ- 9世紀Angkor朝が興る
12世紀にはAngkor・ワットが築かれ、東南アジア有数の大国として栄えた
- 1863フランスの保護国に
- 1953フランスから独立
シハヌーク国王のもとで独立を達成する
- 1975ポル・ポト政権が成立
極端な社会改造政策のもとで多くの国民が犠牲になった
- 1991Paris和平協定
約20年に及んだ内戦が終わる
- 1992国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)が発足
日本はこの活動で初めて国連PKOに自衛隊を派遣した
- 1993王制が復活
新憲法が公布され、カンボジア王国となる
- 現在縫製業と観光の国へ
Angkor・ワットには世界中から観光客が訪れる
どんな地域か
カンボジアはインドシナ半島の南西部にあり、国土は日本の約半分。中央を流れるMekong川と、東南アジア最大の湖Tonlé Sap湖のまわりに平野が広がり、人口の約9割を占めるクメール人の多くが上座部仏教を信仰している。12世紀に築かれたAngkor・ワットは、かつてこの地に栄えたAngkor朝の象徴で、いまも国旗に描かれている。
1970年代のポル・ポト政権と長い内戦で社会は大きな傷を負ったが、1991年のParis和平協定を経て復興が進んだ。いまは縫製業を中心とする工業と、Angkor遺跡を目当てに世界中から人が集まる観光業が経済の柱。都市部では自国通貨リエルとならんで米ドルが広く使われている。
日本との関係
日本初のPKO派遣の地。和平と復興をともに歩んだ関係出典
- JETRO「カンボジア 基礎的経済指標」 jetro.go.jp
- 外務省「カンボジア基礎データ」 mofa.go.jp
- World Bank Open Data(SP.POP.TOTL / NY.GDP.MKTP.CD) data.worldbank.org
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