モンゴル
全域5
この地域のどこでも使える手がかり

Google Car が特徴的で、ほとんどの場合すぐにモンゴルと分かる。
ボーリングのピンのようなボラードが道端で見つかる。
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地域の絞り込み8
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砂漠・ステップ・森林と多様な植生が分布している。
地形
砂丘ではなく、硬く締まった礫の平地と岩がむき出しの低い山が続き、丈の低い灰緑色の低木がまばらに生えていたらGobi(南部)。

草原の向こうに、岩がむき出しで雪をかぶった鋭い山並みが連なっていたら西部のAltai山脈。

起伏がほとんど無い草原が本当に地平線まで続き、木も岩も建物も何も見えないなら東部。

植生
草原の中で、北を向いた斜面だけが濃い針葉樹の森になり、南を向いた斜面は草だけという「まだら」の山が見えたら北部。森はカラマツが中心。
木の無いなだらかな丘が、丈のそろった草に地面が見えないほど覆われていたら中部〜東部のステップ。
丈の低い草がまばらで、草の間から砂色の地面が見え、丸く茂った低い低木(ムレスズメ)が点々とあったら、ステップとGobiの間の砂漠ステップ。
- 中南部の帯
- 西部の湖の盆地
農業
放牧の草原ばかりの中に、柵も無い大きな小麦畑が丘の斜面まで広がっていたら北部(Selenge県など)。ほかの地域では畑そのものをほとんど見ない。

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地域
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基本情報
基礎データ
出典:外務省(2026-09時点)数字で見る
グラフに触れると各年の値が見られますあゆみ
大帝国の記憶と草原の民主国家- 1206チンギス・ハンがモンゴルを統一
孫のフビライの代にはユーラシアにまたがる史上最大級の帝国になる
- 1274元寇(文永の役・弘安の役)
フビライの元が二度にわたり日本に襲来した
- 17世紀清の支配下に入る
以後200年余り、中国の王朝の支配を受ける
- 1924モンゴル人民共和国成立
ソ連に続く世界で2番目の社会主義国となる
- 1972日本と国交樹立
- 1990民主化
複数政党制と市場経済へ移行。1992年に国名をモンゴル国に改めた
- 2016日モンゴル経済連携協定が発効
- 現在鉱産資源が経済の柱に
銅や石炭など鉱業への依存が大きく、輸出の大半は中国向け
どんな地域か
モンゴルは中国とロシアに挟まれた内陸国で、日本の約4倍の国土に約360万人しか住んでいない、世界で最も人口密度の低い国のひとつ。国土の大部分を草原・Gobi砂漠・山地が占め、遊牧を営む人々が移動式住居ゲルとともに家畜を追う暮らしをいまも続けている。一方で人口の約半分は首都Ulaanbaatarに集中していて、草原の遊牧と都市の暮らしが同居しているのがこの国の顔になっている。冬の寒さは厳しく、Ulaanbaatarは世界で最も寒い首都といわれる。
13世紀にチンギス・ハンが築いた大帝国の記憶は、いまも国民の誇りの核にある。20世紀には世界で2番目の社会主義国となり、1990年の民主化を経て市場経済へ移行した。経済は銅や石炭などの鉱業と伝統的な牧畜業が柱で、貿易は輸出入とも中国が最大の相手。日本との縁も深く、大相撲で活躍するモンゴル出身力士を通じてこの国を知る日本人も多い。
日本との関係
「特別な戦略的パートナーシップ」の相手国出典
- 外務省「モンゴル国 基礎データ」 mofa.go.jp
- World Bank Open Data(SP.POP.TOTL / NY.GDP.MKTP.CD) data.worldbank.org




