レアメタル備蓄制度の概要
日本のレアメタル備蓄制度は、2度にわたる石油危機(1973年/1979年)の経験から資源小国である日本の経済基盤の脆弱性が改めて認識されたことを受け、昭和58年度(1983年度)に国家経済安全保障の確立という観点から、審議会報告を受けて官民協力による制度として創設されました[1]。
代替が困難で供給国の偏りが著しいレアメタルの供給途絶リスク等に備えるため、現在は独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が備蓄を実施し、国は備蓄に係るレアメタルの購入資金の借入に必要な利子、備蓄倉庫の維持・管理に必要な経費をJOGMECに補助する形を取っています。
執行スキーム
| プレイヤー | 役割 |
|---|---|
| 経済産業省 | 備蓄事業への補助・政策決定(利子補給金、倉庫・運営事務費10/10補助) |
| JOGMEC | 備蓄事業の実施主体。備蓄物資の買入・管理・売却等 |
| 市中金融機関 | JOGMECへの資金貸付(政府保証付) |
国は政府保証を付与して市中金融機関がJOGMECに資金を貸し付ける形とし、JOGMECはその借入金で備蓄物資を買い入れ、元本は売却等収入で償還、利子は国が利子補給金の形で補助します[1]。
石油備蓄制度とレアメタル備蓄制度(現行)の違い
日本には石油備蓄法に基づく国家石油備蓄(詳細は日本の石油・LPガス備蓄基地を参照)と、JOGMEC法に基づくレアメタル備蓄の二本立てで戦略物資の国家備蓄が行われていますが、両制度は性格が大きく異なります[1]。
| 項目 | 石油備蓄(石油ガスを除く) | レアメタル備蓄(現行) |
|---|---|---|
| 備蓄主体 | 国(備蓄物資は国有資産、管理は国からJOGMECに委託) | JOGMEC(備蓄物資はJOGMEC資産。JOGMECの倉庫で一元管理) |
| 官民の役割分担 | 「石油備蓄法」に基づき国が国家備蓄を実施。民間は70日分の備蓄保有義務 | 「JOGMEC法」に基づきJOGMECが国家備蓄を実施。民間の備蓄義務なし |
| 備蓄目標日数 | 令和2年度時点:民間備蓄 消費量70日分/国家備蓄 輸入量90日分相当(産油国共同備蓄の1/2と合算) | 対象範囲は34鉱種(55元素)、合計60日分(国家備蓄42日+民間備蓄18日) |
| 国際協調 | IEP(国際エネルギー計画)協定に基づき、供給途絶時等にIEA加盟国による国際協調放出制度あり。単独放出も可能 | なし |
対象34鉱種(55元素)
METI資料によれば、レアメタル備蓄の対象は以下の34鉱種(55元素)です[1]:
Li(リチウム)、Be(ベリリウム)、B(ホウ素)、Ti(チタン)、V(バナジウム)、Cr(クロム)、Mn(マンガン)、Co(コバルト)、Ni(ニッケル)、Ga(ガリウム)、Ge(ゲルマニウム)、Se(セレン)、Rb(ルビジウム)、Sr(ストロンチウム)、Zr(ジルコニウム)、Nb(ニオブ)、Mo(モリブデン)、In(インジウム)、Sb(アンチモン)、Te(テルル)、Cs(セシウム)、Ba(バリウム)、Hf(ハフニウム)、Ta(タンタル)、W(タングステン)、Re(レニウム)、Tl(タリウム)、Bi(ビスマス)、REE(レアアース17元素)、PGM(白金族6元素)、C(炭素/黒鉛)、F(フッ素)、Mg(マグネシウム)、Si(シリコン)
これらはいずれもLiB正極材・負極材、半導体、パワー半導体、光デバイス、永久磁石、特殊鋼、超硬工具、触媒、光ファイバー、樹脂難燃助剤などで代替が困難で、かつ中国・DRコンゴ・インドネシア等の特定国への供給依存度が高い鉱種です。鉱種別のサプライチェーンリスク構造については世界の鉱業の「重要鉱物サプライチェーンの地政学」節を参照してください。
2025年 制度見直しのポイント
2025年、経済産業省は産業構造審議会の場でレアメタル備蓄制度の抜本的な見直しを行いました。これまで国は備蓄方針を具体的に示しておらず(主として審議会報告書を通じて提示)、買入と放出で別々に計画を策定していたため、緊急時の放出まで時間を要するという運用上の問題がありました[1]。
| 項目 | これまで | 見直しのポイント |
|---|---|---|
| 備蓄の方針 | 国が方針を具体的に示したことはなし | 資源確保政策の一環として、備蓄目標日数・買入・放出・情報管理等について国の方針を策定 |
| 備蓄目標日数 | 国家備蓄と民間備蓄(任意)を合わせ一律60日分(国備42日・民備18日)。供給安定性が高まった一部鉱種はその半分(30日分) | 供給途絶時の「最後の手段」として、国家備蓄のみで日数を設定。特に地政学的リスクや産業上の重要性が高い鉱種をより長くするなど、リスクの定量評価を踏まえたメリハリある目標日数へ |
| 備蓄計画 | 買入と放出で別々に計画策定。放出はその都度JOGMECが国の同意を得て策定 | 国の方針を踏まえ、買入・放出を統合した備蓄計画をJOGMECが国の同意を得て策定。期間は中期計画期間(必要に応じ柔軟に見直し) |
| 放出の機動性 | 緊急時の放出も都度計画を策定し国の同意を得る必要があり、放出まで時間を要する | あらかじめ国が買入・放出を含む備蓄計画を同意することで、JOGMEC判断による放出の場合の同意を不要とし、放出までの機動性を大きく向上(国は独法評価プロセスで事後チェック) |
| 情報管理 | 備蓄制度に係る各種情報の取扱いが不明確 | 経済安全保障の確保等の観点から、具体的な備蓄目標日数・実際の備蓄量等は非公開と明確化 |
新たなレアメタル備蓄制度の3つの放出経路
見直し後の新制度では、国が策定する「備蓄に係る基本方針」に基づき、JOGMECが国の同意を得て買入・放出を統合した備蓄計画を策定します。計画には中期計画期間中に実施する備蓄鉱種・備蓄目標日数、買入/放出する鉱種・品目・数量・金額・時期などを盛り込みます[1]。
買入・放出の運用は4つの類型に整理されました。
買入
市況等を考慮の上、金属鉱産物の流通秩序の維持及び公正な取引の確保に留意して、JOGMEC判断で買入を実施します。
調整放出
備蓄物資の数量調整や品質維持の必要性、品目の形態変化の状況等に応じ、JOGMECの判断の下、備蓄計画の範囲内で適切に日本企業に放出します(平時運用)。
需給逼迫時放出(緊急放出)
需給逼迫時の緩和を目的に、サプライチェーン維持のための要請に応じ、JOGMECの判断の下、備蓄計画の範囲内で日本企業に機動的に放出します。新制度ではJOGMEC判断のみで放出可能となり、時間的猶予の小さい輸出管理措置への対応が迅速化されます。
大臣の求めに応じた譲渡し
JOGMEC法第20条の規定に基づき、経済産業大臣からの要求があった場合、日本企業に速やかに放出します(最終手段としての国家判断による緊急放出経路)。
制度見直しの背景 ― 中国の輸出管理措置
制度見直しの直接的な背景は、2023年8月の中国のガリウム・ゲルマニウム輸出管理措置以降、2023年12月の黒鉛、2024年9月のアンチモン、2025年2月のタングステン・テルル・ビスマス・モリブデン・インジウム、2025年4月のテルビウム・ジスプロシウム等 重レアアース7種、2025年11月のホルミウム・イッテルビウム等 重レアアース5種と、重要鉱物の輸出管理が立て続けに実施されている状況です[1]。
特に2025年10月に中国が発表した新輸出管理措置(微量であっても中国産レアアースを含む製品の再輸出規制やLiB製造設備・技術の輸出規制)、および2026年1月6日の日本向けデュアルユース品目の輸出禁止公告は、従来の「需給逼迫」を超えた政策的な供給途絶リスクを顕在化させました。これに対応する「最後の手段」として、国家備蓄のみで一定日数を確保する新方針が採られています。詳細は世界の鉱業の「中国による重要鉱物の輸出管理措置(時系列)」を参照してください。
関連する国家備蓄・戦略事業
レアメタル備蓄制度は、日本の重要鉱物・金属部素材の経済安全保障政策の中核をなすツールの一つですが、以下の施策と有機的に連動しています。
- 上流権益確保:鉱物サプライチェーン多角化・安定化事業(令和6年度補正予算922億円、政府保証付借入含め総枠1,597億円)によりJOGMECを通じて銅・レアメタルの新規権益取得を支援。成果目標として2030年までに新たな銅権益2.5万t/年を確保[1]。
- 代替供給源の形成:レアアースについてJOGMEC出資で豪州・フランスの2件(仏Caremagプロジェクトは岩谷産業と共同で2025年3月着工、日本政府約1億ユーロ拠出)、ガリウムで豪州1件のプロジェクトを形成。詳細は日本の非鉄金属製錬を参照。
- 経済安保推進法 認定案件:三菱マテリアル(Ni/Co/Li、ブラックマス)、住友金属鉱山・三菱商事(豪Ardea Resources、Ni/Co)、日向製錬所(ニッケルマット転炉新設、2027年完工)等、5件の供給確保計画を認定。
- 国際連携:2025年10月の日米重要鉱物枠組み、2026年2月の日米欧共同声明による多国間貿易イニシアティブ、日本・スペイン・韓国の銅TC/RC共同声明。
- 第7次エネルギー基本計画(令和7年2月閣議決定):ベースメタル自給率37.7%→2030年80%以上、レアメタルは2030年時点で国内供給必要量の確保を目指す。国産海洋鉱物資源(海底熱水鉱床・コバルトリッチクラスト・マンガン団塊・レアアース泥)の採鉱・揚鉱・選鉱技術確立も盛り込まれた。
参考文献
参考文献・出典
- [1] 経済産業省「レアメタル備蓄制度の見直しについて(参考)」(産業構造審議会 資料5-2)https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/
- 経済産業省 製造産業局「マテリアル(重要鉱物・部素材)分野の課題と検討の方向性」(2026年2月19日)PDF
- 経済産業省 製造産業局鉱物課「鉱物資源を巡る状況について」(2025年3月24日)https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/
- 独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)「レアメタル備蓄」https://www.jogmec.go.jp/metal/metal_10_000015.html