日本のセメント工業とは
セメントは、原料の石灰石を約1,450℃のロータリーキルンで焼成[1]して製造する基礎素材で、コンクリートの主成分として土木・建築の根幹を支えています。日本のセメント工業の最大の特徴は、原料の石灰石をほぼ100%国内自給できる[2]ことです。日本にとって石灰石は、ほぼ唯一「自給可能な大規模地下資源」と位置付けられています[1][2]。
工場立地は、巨大な石灰石鉱山と一体になっているのが特徴で、鉱山〜工場〜港湾が短距離で連結されている景観を作り出します。秩父の武甲山、津久見の新津久見鉱山、宇部の伊佐鉱山、苅田の平尾台、藤原岳など、日本の代表的な石灰石産地はそのままセメント工業地でもあります。
基本データ
宇部興産専用道路
31.94
km(私道として日本最長・UBE三菱セメント所有)
国内3大グループ
日本のセメント業界は、長い再編を経て太平洋セメント・UBE三菱セメント・住友大阪セメントの3大グループに集約されています[1]。3社で国内シェアの大半を占めます。
| グループ | 主な工場 | 親会社・経緯 |
|---|---|---|
| 太平洋セメント(5233) | 上磯・大船渡・熊谷・藤原・大分(津久見)・敦賀・重安・土佐 など | 1998年10月に秩父小野田と日本セメントが合併して発足。国内最大手[4]。 |
| UBE三菱セメント | 宇部・伊佐(山口)・九州工場(苅田)・黒崎・青森・岩手・横瀬 など | 2022年4月に宇部興産(現UBE)と三菱マテリアルのセメント事業が統合して発足[5]。 |
| 住友大阪セメント(5232) | 赤穂・栃木(佐野)・岐阜(春日)・八戸 など。鳥形山鉱山(高知)で石灰石を採掘 | 1994年10月に住友セメントと大阪セメントが合併[6]。 |
その他、麻生セメント・敦賀セメント・明星セメント・トクヤマ・デンカなどの中堅企業もセメント事業を持っています。
なお、セメントを原料とするヒューム管・コンクリートパイル・シールドセグメントなどの川下製品については、コンクリート二次製品のページで詳しく解説しています。
主要産地・クラスター
| 産地 | 主な工場 | 石灰石鉱山・特徴 |
|---|---|---|
| 秩父(埼玉) | 太平洋セメント熊谷工場 | 武甲山。可採鉱量約4億トン。北斜面で大規模採掘が続く |
| 大船渡(岩手) | 太平洋セメント大船渡工場 | 主力工場の一つ。アジア・欧州への輸出基地 |
| 津久見(大分) | 太平洋セメント大分工場 | 新津久見鉱山(年産約1,000万t規模)。国内最大級の石灰石生産地[4]。 |
| 宇部・伊佐(山口) | UBE三菱セメント 宇部・伊佐工場 | 伊佐鉱山。クリンカ・石灰石を宇部興産専用道路(31.94km)[5]で工場へ輸送 |
| 苅田(福岡) | UBE三菱セメント九州工場(旧・三菱マテリアル九州工場) | 平尾台カルストの石灰岩を背景に、苅田港を拠点とした北部九州のセメント積出基地 |
| 藤原(三重) | 太平洋セメント藤原工場 | 藤原岳の石灰石を採掘する内陸工場。中部地方向け |
| 赤穂(兵庫) | 住友大阪セメント赤穂工場 | 瀬戸内海(播磨灘)に面した大規模工場。セメント生産能力 約370万t/年[6]。 |
| 上磯(北海道北斗市) | 太平洋セメント上磯工場 | 北海道唯一の大規模セメント工場。苫小牧サービスステーション(苫小牧市)経由で道央・道東へも供給 |
宇部興産専用道路(私道日本最長)
UBE三菱セメントが所有する宇部伊佐専用道路は、[5]山口県美祢市の伊佐鉱山と宇部市の宇部セメント工場・宇部港を結ぶ全長31.94kmの私道で、私道としては日本最長です。伊佐鉱山で採掘した石灰石とクリンカ(半製品)を、専用ダブルストレーラー(最大積載荷重約120t)で大量に運搬しています。一般車両は通行できず、道路交通法が適用されないため、独自の運用が行われています。
セメント工業では、石灰石を低コストで運ぶための専用道路・専用鉄道・専用船が広く活用されており、宇部の専用道路はその象徴的な事例です。
石灰石 — 日本で唯一の「自給できる大型地下資源」
石灰石は日本でほぼ100%自給できる数少ない地下資源です[2]。年間約1.3億トン規模で採掘され、[2]用途別の内訳はおおよそ次の通りです。
主要石灰石鉱山:武甲山(秩父)/新津久見鉱山(大分)/伊佐鉱山(山口)/藤原岳(三重)/平尾台周辺(福岡)/高知鳥形山(住友大阪セメント)など[2]。
セメント製造プロセス
セメント工業は廃棄物・副産物の有効利用でも先行しており、[1]廃タイヤ・廃プラスチック・高炉スラグ・石炭灰(フライアッシュ)・下水汚泥などを副資材として大量に受け入れる「静脈産業」の側面も持っています。
カーボンニュートラルへの取り組み
セメント業界の CO2 排出は、日本の総CO2排出量の約4%を占めており、その内訳は石灰石の脱炭酸(プロセス由来)が約60%、化石燃料燃焼(エネルギー由来)が約40%です[7]。
- 省エネ・燃料代替: 廃棄物由来の熱源・バイオマス燃料の利用
- 混合セメント: 高炉スラグ・フライアッシュ混合によるクリンカ比率削減
- CCUS: 排ガスからの CO2 分離・回収・固定化(NEDO のグリーンイノベーション基金で実証進行)
- CO2 を吸収するコンクリート(CO2-SUICOM 等)の研究開発
関連企業の時価総額マップ
国内3大グループと関連企業の時価総額を可視化しています。
※ 面積は時価総額(概算)に比例しています。2023~2024年頃の株価をベースにした概算値であり最新の株価は反映していないので注意してください。
| 企業 | 証券コード | 事業概要・セメントとの関連 | 決算情報 | 配当履歴 |
|---|---|---|---|---|
| ■ 国内3大セメント | ||||
| 太平洋セメント | 国内最大手。1998年に秩父小野田と日本セメントが合併して発足。上磯・大船渡・津久見・熊谷・藤原など全国に主力工場を配置。セメント・生コン・骨材・資源・環境(廃棄物リサイクル)・エネルギー事業を展開する建材・環境総合メーカー[4]。 | |||
| 住友大阪セメント | 1994年に住友セメントと大阪セメントが合併。赤穂・栃木佐野・高知など全国に製造拠点。セメント・骨材・建設用素材を展開する独立系セメント大手[6]。 | |||
| UBE | 旧宇部興産。2022年にセメント事業を切り出し、三菱マテリアルセメント事業と統合してUBE三菱セメントを発足。現在は化学・機械・精密材料を主力に再編し、分散グループ化を推進[5]。 | |||
| 三菱マテリアル | セメント事業を2022年にUBEと統合。現在は銅製錬・E-Scrap処理・電子部品材料・太陽光パネル向け多結晶シリコン製造が主力の非鉄・機能材メーカー。 | |||
| ■ その他セメント・関連 | ||||
| デンカ | 新潟青海でアルミナセメント・特殊セメント・ホワイトセメントを製造。電子材料・医薬・医療用品も展開する総合化学メーカー。防爆技術・セメント熱源の有効利用を特徴とする。 | |||
| トクヤマ | 山口県周南市を本拠地とする総合化学。徳山製造所でセメント・アルミナを製造する一方、半導体用多結晶シリコン・電子材料を主力とする化学企業。 | |||
| 麻生セメント(非上場) | — | 福岡県飯塚市を本拠地とする麻生グループのセメント事業会社。主力は田川工場(福岡県田川市)。麻生グループは非上場で、証券コードは付与されていない。 | — | |
参考文献
参考文献・出典
- [1] 一般社団法人セメント協会「セメント産業の概要」https://www.jcassoc.or.jp/cement/1jpn/jc.html
- [2] 一般社団法人石灰石鉱業協会https://www.limestone.gr.jp/
- [3] 一般社団法人セメント協会「セメントの需給」https://www.jcassoc.or.jp/cement/1jpn/jh1.html
- [4] 太平洋セメント株式会社「会社情報」https://www.taiheiyo-cement.co.jp/company/
- [5] UBE三菱セメント株式会社「会社概要・拠点一覧」https://www.mu-cc.com/company/base.html
- [6] 住友大阪セメント株式会社「会社情報」https://www.soc.co.jp/company/
- [7] 経済産業省「製造産業局 グリーンイノベーション基金 セメント分野」https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/cement/
- 麻生セメント株式会社「会社案内」https://www.aso-cement.jp/company/
- 住友大阪セメント株式会社「拠点・工場一覧」https://www.soc.co.jp/company/locations/
- 日本経済新聞「セメント国内販売6年連続減 24年、工事見直し相次ぎ不振」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB240OZ0U5A120C2000000/
- 大分太平洋鉱業株式会社「津久見の石灰鉱山」https://oita-taiheiyo.sakura.ne.jp/
- 一般社団法人セメント協会「セメント・コンクリート No. 830, Apr. 2016」PDF
- 秩父太平洋セメント株式会社「事業案内」https://www.ct-cement.co.jp/business/