ルーマニア
全域13
この地域のどこでも使える手がかり
ボラードには場所を特定するためのヒントが多い。小さいバージョンもある。
周辺国と違い、標識に縁が無い。青い看板や四角い看板も同様。

公用語はルーマニア語で、ラテン文字を使う。
「Ș・ș」「Ț・ț」のように下に点(コンマビロー)が付いた S と T を使う。使うのはルーマニアとモルドバだが、モルドバにはストリートビューが無い。




数は少ないが、トルコやイタリアに似たボラードも見つかる。


イギリスのように通り名が書いてあることが多い。
地域の絞り込み14
場所がわかったあと、その中のどの地域かを絞る手がかり
地域の分かれ方
ざっくりと北西に向かうほど裕福で、地方ごとに伝統的な家がある。
- 北西:オレンジの屋根が多く、山脈より北西は他よりも裕福なエリア
- 北東:ウクライナのような雰囲気がある
- 南:首都近辺以外はブルガリアのような雰囲気

建築
分厚い石の城壁に囲まれた教会が建っていたらTransilvania南部のSachsen人の要塞教会。

細長い木造の建物の西端から、鉛筆のように細くとがった木の塔が突き出していたらMaramureșの木造教会。



南は首都近辺以外、ブルガリアのような雰囲気。
地形
国の中央を山脈がコの字型に横切っており、ここを隔てて文化・農業・建築が異なるイメージ。

農業
カルパチア山脈の東側のふもと、ゆるい丘の斜面が棚仕立てのブドウ畑で埋まっていたらVrancea県。ただし丘がある全国でぶどう畑はありえる。

ひまわりの種の生産が多い。ひまわりは南のドナウ平野と東側で多く栽培されているが、西にも無いわけではない。

コーンや菜種は、Călărași県の周辺のフラットな地域で多く栽培されている。

工業・資源
木がほとんど無い丘に風力発電機が立っていたらDobruja(黒海側)。

一部の都市では石油が生産されていて、石油製油所があり工業化が進んでいる。

植生
山に入ると斜面がブナやトウヒの濃い森に覆われる。森が多いのはカルパチア山脈にかかる県(Suceava県など)。南と東の平野には森がほとんど無い。

都市・町の絞り込み3
地域までわかったあと、どの都市・町かを特定する手がかり


首都の周りの環状線は、ボラードに「CB」と書いてある。
この分類・場所の手がかりはまだありません。
地域
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基本情報
基礎データ
出典:外務省・JETRO(2026-09時点)数字で見る
グラフに触れると各年の値が見られますあゆみ
ローマにルーツを持つ「ラテンの島」- 106ローマ帝国がダキアを征服
ローマ人との交わりの中から、ラテン系のルーマニア語が生まれるもとになった
- 14世紀ワラキアとMoldaviaの両公国が成立
山を越えたTransilvaniaとあわせ、いまのルーマニアをつくる3つの地域が出そろう
- 1859両公国が連合
ワラキアとMoldaviaが同じ君主を戴き、ルーマニアの国づくりが始まる
- 1878オスマン帝国から独立
- 1918Transilvaniaを統合
第一次世界大戦後、ほぼ現在の領土のかたちになった
- 1921日本と国交樹立
戦後の中断を経て、1959年に外交関係を再開した
- 1989共産主義体制の終焉
東欧革命の中で唯一、流血の末にチャウシェスク政権が倒れた
- 2007EU加盟
2004年のNATO加盟に続く。2025年にはシェンゲン協定が完全適用された
どんな地域か
ルーマニアは黒海に面したバルカン北部の国で、国土の真ん中をCarpathians山脈が大きく弧を描いて走り、南の国境沿いをドナウ川が流れて黒海に注ぐ。国名は「ローマ人の国」を意味し、スラヴ系の国々に囲まれながらラテン系の言語を話す「ラテンの島」のような存在。山脈の内側のTransilvaniaには、中世ドイツ人が築いた要塞都市や、ドラキュラ伝説で知られる古城が残る。
1989年に共産主義体制が倒れたあとは市場経済への転換を進め、2007年のEU加盟後は自動車・機械・電子部品などの製造業が西欧向けの輸出で伸びてきた。いまはサービス業がGDPの約6割を占める。首都Bucureștiはかつて「小Paris」と呼ばれた街並みと、社会主義時代の巨大建築が同居する。
日本との関係
1921年の国交樹立から100年を超える関係出典
- JETRO「ルーマニア 基礎的経済指標」 jetro.go.jp
- 外務省「ルーマニア基礎データ」 mofa.go.jp
- World Bank Open Data(SP.POP.TOTL / NY.GDP.MKTP.CD) data.worldbank.org







