ハンガリー
全域11
この地域のどこでも使える手がかり
緑色の独特な形の道路番号がある。



標識は 4 つのネジで留められていることが多く、標識の前からネジがはっきり見える。


横断歩道の標識の中の人はベルトを付けている。
郊外は明るい色のコンクリート壁・赤茶色の瓦屋根・平屋の家が多い。


ハンガリーらしい電柱がある。

自転車用の道路は黄色い線が引かれている。

地域の絞り込み4
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地形
南東は平坦な平野が広がっているが、北には最大で標高 1000m 近い山がある。
農業
背の高いトウモロコシの畑はほぼ全域にあるが、特に多いのは東の大平原とドナウ川の西の南部。北の山地には少ない。

ひまわり畑は南東の大平原に集中している。西の丘陵地や北の山地では少ない。

丘の斜面が一面のブドウ畑になっていたら、北のHeves県(Egerなど)、北東のTokaj、南のVillány、Balaton湖の北岸。面積が最も広いBács-Kiskun県(Kunság)は平らな砂地に広がる。

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地域
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基本情報
基礎データ
出典:外務省・JETRO(2026-09時点)数字で見る
グラフに触れると各年の値が見られますあゆみ
アジア系遊牧民にルーツを持つ盆地の国- 896マジャル人が定住
東方から移動してきた遊牧民マジャル人がCarpathians盆地に住み着く
- 1000ハンガリー王国建国
初代国王イシュトヴァーン1世が戴冠し、キリスト教国家となる
- 1526オスマン帝国の占領
敗戦後、国土の中央部が1699年までオスマン帝国に占領された
- 1867オーストリア・ハンガリー二重帝国
ハプスブルク家との妥協で帝国の一翼を担い、Budapestが大きく発展した
- 1869日本と国交樹立
オーストリア・ハンガリー帝国として日本と修好通商航海条約を結ぶ。2019年に150周年を迎えた
- 1920トリアノン条約
第一次世界大戦の敗戦で領土の約3分の2を失い、多くのハンガリー系住民が国境の外に残された
- 1956ハンガリー動乱
ソ連からの自立を求めた蜂起が武力で鎮圧された
- 1989体制転換
オーストリアとの国境開放は、東欧民主化の流れを早めるきっかけのひとつになった
- 2004EU加盟
1999年のNATO加盟に続いてEUに加盟
どんな地域か
ハンガリーはCarpathians盆地に広がる内陸国で、国土の東半分をPusztaと呼ばれる大平原が占める。祖先は9世紀末に東方から移動してきた遊牧民マジャル人で、ハンガリー語はまわりのスラヴ系・ゲルマン系のことばとまったく系統が違う。ヨーロッパの真ん中にあって言語の孤島であることが、この国の独特の存在感につながっている。
首都Budapestはドナウ川の両岸に広がり、「ドナウの真珠」とも呼ばれる景観で知られる。温泉が湧く街としても有名で、市内には歴史ある浴場が残る。経済では自動車や電気機器などの機械工業と製薬が柱で、輸出入ともドイツとの結びつきが強い。パプリカを使った料理など、独自の食文化でも知られる。
日本との関係
明治の初め、1869年から続く交流出典
- JETRO「ハンガリー 基礎的経済指標」 jetro.go.jp
- 外務省「ハンガリー基礎データ」 mofa.go.jp
- World Bank Open Data(SP.POP.TOTL / NY.GDP.MKTP.CD) data.worldbank.org
