日本の水素・アンモニア拠点

GX戦略の中核 — 川崎・神戸・苫小牧・福島・周南など主要拠点

日本の水素・アンモニア戦略

福岡市の水素ステーション
福岡市中央区の水素ステーション。下水バイオガス由来の水素を製造する先進事例で、日本のGX戦略における水素・アンモニア社会実装の象徴的拠点の一つです。
画像: Hirho / Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)

水素・アンモニアは、2050年カーボンニュートラル実現に向けたGX(グリーントランスフォーメーション)戦略の中核燃料として位置付けられています。経済産業省は2017年に世界初の国家水素戦略を策定し、2023年6月には「水素基本戦略」を改定して導入目標を大幅に引き上げました[1]。脱炭素が困難な火力発電・製鉄・石油化学・重輸送・船舶などの分野で、化石燃料を水素・アンモニアに置き換えることが想定されています。

日本は既存の港湾・パイプライン・大規模需要家(火力発電所・コンビナート)を活かしながら、海外からの輸入と国内製造を組み合わせた「水素・アンモニア・サプライチェーン」を構築しようとしています。豪州・中東・北米などとの国際協力も同時並行で進んでいます[1]

最大300万トン/年(水素・アンモニア合計)[1]
2030年導入目標
1,200万トン/年程度[1]
2040年導入目標
2,000万トン/年程度[1]
2050年導入目標
15兆円規模[1]
官民投資(15年間)

水素・アンモニアのカテゴリ

水素・アンモニアは製造方法によって色で分類され、CO2排出量と価格が異なります。

区分製造方法CO2排出主な用途
グレー水素・アンモニア化石燃料の改質(天然ガス・石炭)多い既存の化学原料
ブルー水素・アンモニア化石燃料の改質+CCS(CO2回収貯留)[1]少ない過渡期の低炭素燃料
グリーン水素・アンモニア再エネ電力による水電解ゼロ完全脱炭素の最終形
ターコイズ水素メタン熱分解(副生物は固体炭素)ゼロ開発段階

主要拠点

拠点所在地運営主体主な内容稼働年
Hy touch 神戸兵庫県神戸市・神戸空港島川崎重工業世界初の液化水素受入実証ターミナル。2,500m³球形液化水素貯蔵タンク[2](容量2,250m³)。豪州褐炭由来水素を液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」で輸送する HESC プロジェクトの陸側拠点[3]2020
FH2R福島県浪江町(棚塩産業団地)NEDO・東芝ESS・東北電力・岩谷産業福島水素エネルギー研究フィールド。10MW級水電解装置[4]と20MW[4]の太陽光発電を組み合わせたグリーン水素製造実証(当時世界最大級)[4]2020
苫小牧北海道苫小牧市北海道電力・出光興産・ENEOS など苫小牧CCS実証[5](経産省・JOGMEC、2016〜)に隣接して、グリーン水素・ブルーアンモニア供給拠点を構想。CCS累計圧入量30万t超[5]2016〜
川崎臨海部神奈川県川崎市レゾナック(旧昭和電工)他使用済みプラスチック由来[6]の低炭素水素・アンモニアを製造。コンビナート内パイプラインで供給する千鳥町水素ネットワーク[6]2003〜
周南コンビナート山口県周南市出光興産・東ソー・トクヤマ・日本ゼオン苛性ソーダ製造の副生水素を活用したカーボンフリーアンモニア供給網構想[7]。2030年以降[7]の大規模供給を計画[7]構想中
JERA碧南火力愛知県碧南市JERA石炭火力発電所でアンモニア20%[8]混焼の実証試験を実施[8](2024年4月1日~6月26日)。2020年代後半[8]から商用運転を計画し、長期的にはアンモニア専焼化を目指す[8]2024実証
大分九重大分県玖珠郡九重町大林組地熱発電を利用した日本初[9]のグリーン水素製造・供給実証プラント[9]2021
北九州響灘福岡県北九州市福岡県・北九州市洋上風力と組み合わせた響灘グリーン水素拠点構想[10]。八幡東区東田地区では水素パイプライン実証[10](約1.2km)[10]2015〜

グリーンイノベーション基金(2兆円)

経済産業省は2020年[11]、2050年カーボンニュートラル実現に向けた「グリーンイノベーション基金」を総額2兆円規模[11]でNEDOに造成しました[11]。10年間の継続支援により、研究開発から社会実装までを後押しする仕組みです。水素・アンモニア関連で採択された主なテーマは次の通りです。

テーマ主な実施企業概要
大規模水素サプライチェーン構築川崎重工業・ENEOS・岩谷産業 等海外グリーン・ブルー水素の輸入と国内利用
水電解装置の大規模化旭化成・東芝ESS 等アルカリ/PEM水電解装置の量産化と大型化
燃料アンモニア・サプライチェーンJERA・IHI・三井物産 等海外からの輸入と火力発電混焼
製鉄プロセスでの水素活用日本製鉄・JFE・神戸製鋼高炉水素還元・水素直接還元製鉄
次世代船舶(水素・アンモニア燃料)日本郵船・商船三井・川崎汽船 等ゼロエミッション船の実用化

出典: NEDO「グリーンイノベーション基金事業」[11]

水素・アンモニアの用途別フロー

graph LR A["海外グリーン水素\n(豪州・中東)"]-->B["輸入(液化H2/MCH/NH3)\n川崎重工・千代田化工"] C["国内再エネ\n(風力・太陽光)"]-->D["国内水電解\n(FH2R・苫小牧)"] B-->E["大規模需要家"] D-->E E-->F["火力発電\nJERA碧南・IHI"] E-->G["製鉄\n日本製鉄・JFE・神戸製鋼"] E-->H["コンビナート\n川崎・周南・大分"] E-->I["モビリティ\nFCV・FCバス・FC船"] style A fill:#dbeafe,color:#1e3a5f,stroke:#3b82f6,stroke-width:2px style C fill:#dcfce7,color:#14532d,stroke:#16a34a,stroke-width:2px style B fill:#fef3c7,color:#78350f,stroke:#f59e0b,stroke-width:2px style D fill:#fef3c7,color:#78350f,stroke:#f59e0b,stroke-width:2px

国内水素ステーション

燃料電池自動車(FCV)向けの商用水素ステーションは、首都圏・中京圏・関西圏・北部九州の4大需要地を中心に整備が進められています。最大手は岩谷産業で、国内に50か所超のステーションを運営しています[12]日本水素ステーションネットワーク合同会社(JHyM)には自動車・エネルギー・インフラ各社が参画しています。

歴史的経緯

出来事
2014トヨタ「MIRAI」発売[12], 岩谷産業が国内初の商用水素ステーション開設[12]
2017経済産業省「水素基本戦略」策定[1](世界初の国家水素戦略)
2020FH2R[4](福島水素エネルギー研究フィールド)開所。Hy touch 神戸[2]の液化水素受入基地完成
2020経産省「グリーンイノベーション基金」[11]2兆円創設[11]
2022川崎重工の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」[3]が豪州〜神戸の世界初海上輸送実証を完了[3]
2023経産省「水素基本戦略」改定。2040年導入目標1,200万t/年を新設[1]
2024JERA碧南火力でアンモニア20%混焼実証完了[8](2024年6月)[8]
2027JERA碧南火力でアンモニア混焼の商用運転開始予定

国際サプライチェーン

日本は単独で必要量を製造できないため、海外との国際協力が前提となっています。

  • 豪州(HESC プロジェクト): ビクトリア州の褐炭から水素を製造し、液化して神戸へ輸送[3]。川崎重工・電源開発・岩谷産業・丸紅・住友商事・ENEOS などが参画[3]
  • 中東(UAE・サウジ): ブルーアンモニア[1](天然ガス改質+CCS)の輸入。三井物産・三菱商事・伊藤忠商事が長期契約交渉。
  • 米国: ルイジアナ州 Blue Point プロジェクトに JERA が出資[8](年140万トン[8]のブルーアンモニア計画)[8]

関連企業の時価総額マップ

水素・アンモニアサプライチェーンに関わる主要上場企業の時価総額を可視化しています。

エネルギー造船・重工素材・化学半導体材料鉄鋼

※ 面積は時価総額(概算)に比例しています。2023~2024年頃の株価をベースにした概算値であり最新の株価は反映していないので注意してください。

企業 証券コード 事業概要 決算情報 配当履歴
■ 発電事業者(アンモニア混焼)
東京電力HD 日本最大級の電力企業。JERAを通じて中部電力と共に火力発電事業を展開。碧南火力でのアンモニア混焼実証を主導し、2050年カーボンニュートラル実現に向けた水素・アンモニア利用を推進。
中部電力 中部地方の主要電力会社。JERA経由で東京電力と共に火力発電事業を運営。碧南火力(愛知県)でのアンモニア20%混焼実証から商用化への道を切り拓き、火力発電のクリーン化を主導。
関西電力 関西地方の主要電力会社。水素サプライチェーン実証に参画し、国内の水素導入拠点構想に貢献。原子力由来の水素製造(高温ガス炉からの熱利用)の研究開発も推進し、脱炭素化に向けた新しい水素製造方法の確立を目指す。
■ 重工業(液化水素・水電解装置)
川崎重工業 水素サプライチェーンの中核的企業。豪州褐炭由来水素の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」を世界初開発し、国際輸送実証を実施。神戸液化水素受入基地(Hy touch神戸)を運営し、日本の液化水素インフラの拠点を構築。次世代大型液化水素運搬船の基本設計承認も取得[3][2]
IHI 重工業・エネルギー機器の大手メーカー。アンモニア専焼バーナー・アンモニア対応ガスタービンなど、脱炭素燃料対応の次世代発電機器を開発。JERAとの共同で碧南火力のアンモニア混焼実証を実施し、火力発電の脱炭素化への技術実装を主導。
■ 石油元売り(水素サプライチェーン)
ENEOSホールディングス 国内最大の石油・エネルギー企業。中央技術研究所を中心に水素キャリア(MCH:メチルシクロヘキサン)方式を開発し、液体による水素輸送技術で国際競争力を保有。トヨタ「Woven City」への水素供給でも実績を持つ。脱炭素エネルギーへの転換を推進[1]
出光興産 国内主要石油企業。北海道苫小牧でのグリーン水素・ブルーアンモニア供給拠点構想を推進し、CCS実証事業と連携[5]。山口県徳山事業所でのカーボンフリーアンモニア供給網構想にも参画[7]。化石燃料から水素・アンモニアへの経営転換を加速。
■ ガス・LPG(水素ステーション)
岩谷産業 ガス・液化ガス供給の大手企業。国内水素ステーション最大手として約50か所の商用ステーション網を運営し、燃料電池自動車(FCV)の普及に貢献[12]。市原・堺・周南で液化水素を製造。福島のFH2Rにも参画し、グリーン水素製造から供給まで一貫体制を構築。
■ 化学(アンモニア・水電解)
レゾナック・ホールディングス 化学・素材の大手企業。川崎臨海事業所で使用済みプラスチック(廃プラ)を原料に低炭素水素・アンモニアを製造(2003年〜の長期実績)[6]。ケミカルリサイクルで循環経済を実現しながら水素社会への貢献を推進。千鳥町水素ネットワークの中核[6]
旭化成 化学・素材の大手企業。大型アルカリ水電解装置を開発し、グリーン水素製造の中核機器メーカーとして位置付けられている[11]。NEDOのグリーンイノベーション基金で水電解装置の大規模化テーマに採択され、2030年以降の本格展開に向けた研究開発を推進[11]
東ソー 化学業界の大手企業。苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)製造プロセスから発生する副生水素を活用し、低炭素化学製品供給を推進[7]。山口県周南コンビナートでのカーボンフリーアンモニア供給網構想に出光、トクヤマとともに参画し、化学業界の脱炭素化を牽引[7]
■ 製鉄(水素還元)
日本製鉄 世界有数の製鉄企業。高炉水素還元製鉄(水素を還元剤として活用)と水素直接還元製鉄(DRI+EAF)の実証を推進。NEDOのグリーンイノベーション基金で「ハイドロゲンスチール」テーマに採択され、2030年代での本格展開に向けた技術開発を推進。脱炭素製鉄の中核企業。
住友化学 化学業界の大手。NEDOのグリーンイノベーション基金で水電解装置の開発と低温アンモニア合成技術に採択され、脱炭素水素・アンモニア製造技術の確立を推進。アンモニア関連触媒・材料開発でも国内外で競争力を保有。
三菱ケミカル 化学業界の大手企業。水素・アンモニア利用に向けた機能化学品・触媒・材料の開発を推進。複数のコンビナートでの供給ネットワークを保有し、エネルギー転換期における化学業界の課題解決を主導。
信越化学工業 化学業界の大手企業。塩化ビニル(PVC)・ソーダ製造の副生水素を活用した低炭素化学品製造を推進。水電解装置の関連部材・材料の開発・製造でも重要な役割を担い、脱炭素水素社会への貢献を実現。
大阪ソーダ 化学業界の企業。塩素・アルカリ化学(苛性ソーダ・塩素)製造プロセスから発生する副生水素を活用し、低炭素化学製品供給を推進。アンモニア関連の構想・事業開発にも参画し、脱炭素化学業界への転換に貢献。
■ 自動車・輸送(水素燃料電池)
トヨタ自動車 自動車業界の世界最大手。燃料電池車(FCV)「MIRAI」などの開発・販売で水素社会の実現を先導。静岡県の「Woven City」で水素社会の実験都市を実現。商用FCV(水素トラック)の開発も進め、乗用車から商用車まで全領域での水素活用を推進。
本田技工業 自動車・バイクの大手メーカー。「クラリティ・フューエル・セル」など燃料電池車(FCV)の開発・販売を推進。次世代FCVの研究開発と商用向けFCソリューション開発に積極投資。トヨタと並ぶFCV技術のリーダー企業として水素社会構築に貢献。
日野自動車 商用車業界の大手メーカー。水素燃料電池トラック・バスの開発・販売を推進し、大型商用車向けの水素社会対応を主導。トラック・バス・専用車など商用車全領域での脱炭素化実現を目指し、物流業界の低炭素化を支援。
■ 商社・エネルギー(国際サプライチェーン)
三井物産 大手総合商社。国際水素・アンモニアサプライチェーン構築の主要プレイヤー。豪州のブルーアンモニア・水素プロジェクト、中東のブルーアンモニア供給契約交渉など国際協力を主導。脱炭素エネルギーのグローバル取引で市場をリード。
三菱商事 大手総合商社。JERA経由での水素・アンモニア事業展開と国際プロジェクト推進が中核。長期LNG取引先との関係を活用して水素・アンモニア供給契約を構築。ブルーアンモニア、グリーン水素の国際サプライチェーン構築で商社としてのリーダー地位を確立。
伊藤忠商事 大手総合商社。国際水素・アンモニアサプライチェーン事業の展開を推進。中東(UAE・サウジ)のブルーアンモニア長期供給契約交渉、豪州のグリーン水素プロジェクト参画など、脱炭素エネルギーの国際取引で市場開拓を加速。
電源開発(J-Power) 大手電力企業。HESC(豪州褐炭由来水素)プロジェクトで豪州からの液化水素製造・海上輸送に参画し、国内液化水素受入基地での運用を担当。国内の水素供給インフラ構築の中核企業として、長期エネルギーセキュリティの確保に貢献。

参考文献・出典

  1. [1] 経済産業省 資源エネルギー庁「水素基本戦略」(2023年6月改定)PDF
  2. [2] 川崎重工業株式会社「液化水素レシービングターミナル『Hy touch 神戸』」https://www.khi.co.jp/hydrogen/article/article01.html
  3. [3] 経済産業省「褐炭由来水素サプライチェーン構築実証事業」https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/roadmap/innovation/hydrogen.html
  4. [4] NEDO「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)が本格運用開始」https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101293.html
  5. [5] 経済産業省「苫小牧におけるCCS大規模実証試験」https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/roadmap/innovation/ccus.html
  6. [6] 株式会社レゾナック「川崎事業所のケミカルリサイクル」https://www.resonac.com/jp/sustainability/society/recycle.html
  7. [7] 経済産業省 資源エネルギー庁「燃料アンモニア導入官民協議会」https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/nenryo_anmonia/
  8. [8] 株式会社JERA「碧南火力発電所におけるアンモニア混焼実証試験について」https://www.jera.co.jp/news/information/20240603_1859
  9. [9] 株式会社大林組「地熱発電を利用したグリーン水素製造・供給」https://www.obayashi.co.jp/news/detail/news20210718_1.html
  10. [10] 福岡県「水素グリーン成長戦略」https://www.pref.fukuoka.lg.jp/contents/suiso-greengrowth.html
  11. [11] NEDO「グリーンイノベーション基金事業」https://green-innovation.nedo.go.jp/
  12. [12] 岩谷産業「水素ステーション一覧」https://www.iwatani.co.jp/jpn/h2/station/